この時期に蚊

蚊に噛まれました。なんか蚊って年中いませんか?もちろん一番多いのは夏ですが真冬でもたまに蚊に噛まれることがあります。温暖化の影響かなあ。
そして不思議なのがゴキがいる家が汚いとは限らないということです。築年数が影響しているのでしょうか?わりと新しい家では見ないような気がします。寒い地方にもいないようですね。うちは特に暑い時期はしょっちゅう出るので困っています。
もっともっと家の中をキレイにすればいいのでしょうか。独身時代よりはずいぶんキレイにしていますが、ゴキの数だけをいえば独身のときより多く出ます。家の中で繁殖しているのかなあ。こんなことを考えたら気分が悪くなってしまいますけど…。この間ホウ酸系ので一番効くというコ○バットを買ってみましたが、特にゴキが出る頻度が減ったような感じがしません。どうしたら出なくなるだろう?もう寒くなるから関係ないかもですが、来夏はバルサンとかしたほうがいいのかな。

旦那が忘れっぽい

旦那が約束したこと、話したことをことごとく忘れます。「それこないだ決めたよね。私がこういったらあなたはこういったよね!?」ということが何度もあります。そんなとき「あ!そうだった!」とはなりません。「そうだっけ?」とまったく覚えていないようなのです。これは何か病気なのではないかとたまに心配になったりしますが、最近話をしている旦那をじっとみていると常に携帯でゲームをしているのです。
返事がけっこうしっかりしているので見落としがちだったのですがぜんぜん聞いていないのです。きっと彼はもっともらしく相槌を打ったり、返事をするすべを私と付き合っている間に身に付けたのでしょう。その証拠に自分に有利な約束事だけは絶対に忘れません。有利な約束とは「○○やったら○○が買ってもらえる」等の約束です。そういうことは絶対に覚えているのです。だからまずは大事な話をするときは携帯をいじるのをやめさせなければいけないなって思います。

お兄ちゃん

一番上の子って何かと負担が大きいと思います。たしかに下の子より新しいものをたくさん買ってもらえます。うちは周りが下の子を不憫に思うくらい弟は全部お下がりでした。さすがに下の子もいろんなことをわかるようになってきたので最近は同じように新しいものを買ってあげていますが。
上の子は我慢したり、怒られたり、下の子の面倒をみたりけっこう責任を負わされることが多いと思います。私は長女でしたが、別にそのことに不満をもったことはありません。昔のことを思い出すと弟の面倒はよくみていたと思います。大きくなってきたら弟が不登校になったり手がかかるようになってきたので「私はしっかりしないと。私だけはしっかりしていないと」と学校を1日も休みませんでした。おかげで責任の重いことをやることに対してはぜんぜん平気になりました。むしろ責任を負わされる方がやる気が出たりします。そういう意味で長女で良かったなって思います。
今うちの息子は下の子のお兄ちゃんになりつつあります。大変そうだなあと思うこともありますが、お兄ちゃんでいて良かったと思ってもらえるように育てていきたいと思っています。

母親一人が負担することはない

世の中のお母さんは感張りすぎだと思います。そして世の中がそれを強要しているように感じます。保育園に預けたら中傷、祖母に預けたら中傷、レトルト食品を使ったら中傷。抱っこ抱っこというときに子供をすぐ抱いてあげなかったら中傷。
これではお母さんたちはストレスでつぶれてしまいます。結果ストレスを貯め込み過ぎて、子供の虐待に走ったりしていまうのではないかと思います。子供が泣き過ぎて、追い詰められてしまったお母さんに必要なのは横から代わりに子供を抱っこしてあげることでしょう。出来なくて困っていることを聞いて代わりにやってあげることでしょう。子供を抱っこしてあげて「いつも頑張っているね、お疲れ様」という言葉をかけてあげることでしょう。世間は反対のことをします。もういっぱいいっぱいで何も考えられる生きる気力もないくらいストレスがたまっているお母さんに「私も昔は大変だった」「親なら当たり前」「それくらいのこと」「みんな乗り越えてきた」という言葉を浴びせかけるのは間違いです!

他人に強要してはいけない

自分の価値観を他人に強要してはいけないとよく言いますよね。私もそう思うのですが、ついつい自分が「良い」と思ったものは他人にすすめたくなってしまいます。私はいつもいつもつねにどんなときも「楽しい気分でいたい」「楽しむことを見つけていきたい」と思っているのですがそう思わない人もたくさんいます。例えば家族でどこかで出掛けるとすると私はその車の中の時間も楽しみたいと思っているので盛んに旦那に話しかけますが、旦那は車に乗っている時間は「ただの移動時間」だと思っているので、ノリは悪いし、平気で気分の悪くなるようなことを言います。結果「何でせっかく楽しい気分でいるのに、この時間を楽しもうとしているのに、そんな嫌なことをいうの!?」と腹が立って喧嘩になります。
そして最近気がついたのですが楽しい気分でいたいのは私だけなので、私が一人で楽しい気分になっていればいいってことです。「せっかく一緒に食事するのにこの人なんでこんなつまらなそうに食べるんだろう。おいしいね、とか言いあいたいのに」そうやって相手を責めずに、一人で楽しそうにしていれば良かったんですね。どうしてもその人がいることで楽しい気分が害されるなら一緒にいなければいいのです。そのうち自分と同じ価値観の人が集まります。

世の中を楽しくしたい

私はわりと毎日楽しく生きています。楽しく生きていかないと嫌だからそうしているのです。何でも楽しい面を探して楽しめたら最高!!と思っています。そしてゆくゆくは世の中を楽しくすることに従事していきたいと思っています。みんなが楽しくて夢中になるものを提供したい。人々に感動を与えたい!そして私個人だけじゃなく世の中がもっともっと楽しくなればいいなあって本気で思っています。楽しくしたいということに本気で取り組んでいます。楽しい、は生きる力です。社員を雇ったら社員が楽しく働ける環境を考えていきたいと思います。
そのためには何が「楽しい」のかをもっともっと研究する必要があります。もっと好奇心をもって動く必要があると思っています。私は自分が楽しいと思わないものを他の人が楽しんでいたら「何が楽しいのか」にとても興味があります。「何が楽しいの?」と聞くとその人は何が楽しいのかを本当に楽しそうに話してくれます。それを知って「楽しいと思わなかったこと」をやると意外にも楽しめたりするから不思議です。

遊びと仕事

私は「仕事を遊びのように。遊びを仕事のように」したいと思っています。いつかみんなが喜ぶ楽しいものを提供する、という目標があるのですが「みんなが喜ぶ楽しいもの」を提供するためにはそれが何か分かっていないといけないと思うのです。仕事が忙しいという理由で遊ばない人がいます。私もけっこうそういうタイプです。そんな人は仕事といっても結局誰でも出来る機械作業しかできないのです。
それを仕事と思っています。一生人に使われて終わるでしょう。何か新しい発想、工夫をするためには、そんなアイディアに人は感動し、喜ぶのかというセンサーが働いていないとダメだと思うのです。そのためには世の中で「楽しい」と言われているもの一流と言われているものに触れて、何が楽しいのか、何に感動するのか、そのサービスやモノに不足はないか?あるとしたら何なのか?さらにどうしたらもっと楽しくなるのか?そういうことを常に考えていないといけないと思います。そういうことを考えることが仕事なのならば遊びは仕事といっていいでしょう。

子供は格好の標的ですね

この世の中の成功者(女性)に子供がいた場合、必ずといっていいほど「子供のことを考えてやれ」って中傷する人がいます。その人は何を見たのでしょうか?何を知っているのでしょうか?何年も一緒に暮らしているのでしょうか?そんなことをいうのなら自分がその子供にお金をあげるなりためになることをやったらいいと思います。たしかに虐待とかは絶対にいけません。それは地域も含め、周りのみんなで起こらないようにするべきことです。でも成功者が、高価なものを買ったり、人生を楽しんでいるのを見て「子供のことを考えてやれ」はただのひがみだと思います。本当にそういう人は子供に同情しているとは思いません。
本心からそう思っているならそのかわいそうな子をどんな手を使ってでも助け出そうとすると思うからです。もしその人に子供がいなかったら今度はどんな中傷をするのでしょうか?そういう目でみたら、子供がいるというだけで自分のいうことを正論のように、その相手を中傷をすることができるのだなって思いました。

本当に心から欲しいと思ったものは手に入れるべき

私はそう思います。贅沢は敵だと思っている人が世の中にはけっこういます。
際限がないからでしょうか?とある社長は数を1つに絞ることで際限がなくなることをふせいでいると書いてました。それはとても言い考え方だなって思います。数をたくさん持つのではなく本当に欲しいものを一点だけ。たくさん持っているとなんだか安心感がありますが、管理もしきれないし、結局すべてのものに対して不誠実な対応をしていると思います。で、話は戻りますが「そんな贅沢する必要なくない?」という話をけっこう聞くことがあるのですが、人生は一度きりなのです。本当に心から欲しいと思ったものはこの人生でしか手に入れることができないのです。だったら何故我慢する必要があるのでしょうか。私は欲しいものは全部手に入れたいです。欲しいものも手に入れながら子供も守り育てていきたいと思っています。

思い切ってテレビを

昨日から思い切ってテレビを消してみました。もしかしたら私だけかもしれませんが、心が弱り切っているときはダークなものに惹かれます。例えばインターネットの掲示板の誹謗中傷とか、、。見たくない、見てはいけないと思っているにも関わらず、気付くとそういう情報にいきついて読んでしまっています。あるいはもっとひどいときはそういうダークなものばかり見たがっている自分がいます。過去の凄惨な事件の話とか…。そしてもともと落ち込んでいるのにさらに落ち込みます。さらに落ち込むと分かっているのに読んでしまいます。たまに「ああ!こんなことしてる場合じゃない。頑張らなくちゃ!!」とやる気になるときもありました。朝のニュース番組等も暗い話が多いのでみないほうがいいと分かっていながらもテレビをつけっぱなしにして振り回されます。
でも昨日からテレビを切って音楽を聴きながら家事や仕事をしています。えい!ってそうできるようになってきたってことは元気になってきた証拠かもしれません。今はネットの誹謗中傷を見たいとも思いません。そういうところに書き込みをしている人は心がどうしようもなく弱っていたり荒んでいたりしてそうせざるをえないのかもしれませんね。